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ハクモクレンの花(11/12)

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「健太郎君!」声がしました。
「健太郎君!」五郎の声でした。ハクモクレンの五郎の声が確かに聞こえました。
中庭を見ると煙で何も見えませんでした。

「飛び降りるんだ。もうそれしかない。勇気を出すんだ。僕が受け止めてあげる」
ハクモクレンは叫びました。

「でも、ここからじゃ何も見えないよ」
健太郎君は泣きそうな声で言いました。
「大丈夫。僕からは君が見える。そこの手摺りに足をかけておもいっきり飛ぶんだ。さあ、勇気を出して」

「だめだよ。怖いよ。煙と火の中に飛び込むなんて嫌だ。地面にぶち当たってぺっちゃんこになってしまうよ」
「ぺっちゃんこにはならない。煙と火の先には僕が居るんだ。しっかり受け止める」

「本当に?」

「本当に」

「必ず?」

「必ず。僕を信じて」

健太郎君は中庭を見下ろしました。
ハクモクレンが居るのを感じました。

「信じるよ」
そう言うと健太郎君は手摺りをよじ登り、足で手摺りを思いっきり蹴りました。

健太郎君の体は宙に舞いました。
ゆっくりとスローモーションみたいに。
そしてある一点で静止すると、急激な重力に引き寄せられました。

健太郎君は真っ逆さまに落ちて行きました。
落ちながら、ハクモクレンの声を聞きました。
それは穏やかな声で、落ちて行く事が全然怖くなくて、
とても一瞬の出来事だとは思えなかったけど、耳の奥まで届きました。

「重さのある物同志は引き合うんだ」とハクモクレンは言いました。

「それを難しい言葉で言うと分子間力というんだ。
重力もそのひとつさ。今君は地球に引き寄せられている。
君も地球を引き寄せている。今、感じているね。これが重力さ。
だけど人にはもうひとつだけ、力があるんだよ。
目に見えない力が。それが何だかわかるかい?」

「ドサッ」という音とともに健太郎君はハクモクレンに包まれました。
ハクモクレンは枝を精一杯広げて優しく受け止めたのです。
健太郎君はかすり傷ひとつ負いませんでした。
そしてハクモクレンの匂いに包まれながら、気を失いました。

by haru_ki_0207 | 2007-04-02 23:37 | ハクモクレンの花  

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