ハクモクレンの花(10/12)

10
その日の夜は何故か寝付けなくて、
トビウオが海面ぎりぎりのところを飛んだり泳いだりしているみたいに、
眠りの境界線上を、ウトウトとしていました。

そして長い夢をみました。
夢の中では、ハクモクレンがお父さんで、お母さんはハクモクレンと結婚をしていました。
ハクモクレンは健太郎君の家で一緒に食事をしたり、ベッドで川の字になって寝たり、
本を読んだり歌を歌ったりしてくれて、本当の家族みたいだったけど、
本当のお父さんが急に部屋に入って来て、目が覚めました。

周りを見渡すと、いつもの病室でした。
けれど何かが違っていました。
そして最初はそれが何かわかりませんでした。

やがて、自分が何度も咳をしていることに気がつきました。
部屋中に煙が充満していました。遠くからサイレンの音が鳴り響いていました。
火事だとわかりました。

健太郎君はベッドから降りて急いで車椅子に乗り移り、廊下にでました。
中庭を見下ろすと、煙がもくもくと登って来ました。
病院は増築を繰り返したために、中庭が煙突のようになっていて、
煙の逃げ場所になってしまったのです。

健太郎君はエレベーターに向かいました。
必死に車椅子の車輪を回しました。けれどもそこにはあるはずのエレベーターがありませんでした。
防火ドアが閉じてしまって、行く手を阻んでいたのです。
健太郎君は力を込めて鉄で出来た大きな防火ドアを開こうとしましたが、びくともしませんでした。
どうして誰も助けに来てくれないんだろうと思いました。
そろそろ、誰かが助けに来てくれても良い頃です。

そして今夜ここに居るはずじゃなかったことを思い出しました。
看護士さん達は僕がここに居ることを知らないのです。
何かの手違いで。

血が逆流するのを感じました。
健太郎君は大声を上げて助けを呼びました。
こんなに大きな声を出したのは初めてでした。
だけど、それは何処にも届きませんでした。
バチバチという燃える音とサイレンの音にかき消されてしまったのです。

再び中庭の見える廊下に出ました。さっきよりも煙の勢いが増していました。
そして炎は健太郎君のいる八階の病室まで広がっていました。
いくらタオルで口と鼻を覆っても、
黒い煙が容赦なく健太郎君の肺の中に入って来て、意識が遠くなりました。

意地を張らずにお母さんの言うことをきいておけば良かったと思いました。
そしてハクモクレンの花はどんな形だったのだろうとぼんやりした頭で思いました。
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by haru_ki_0207 | 2007-04-01 16:09 | ハクモクレンの花  

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