彼女の行方(その14)

一カ月が、空虚な妄想の中、過ぎて行きました。
そして僕は、好むと好まざるに関わらず、この事務所を退去しなくてはなりませんでした。
一カ月という期間に何の努力も対策も取らなかった僕への報いでした。

荷造りを終えると僕は少しだけホッとしました。
膨大な建築資料を前にしていると、それだけでやり遂げることへの不安があったのです。
ほとんど全ての作業はアシスタントがやってくれました。
「良いバイトだったのに」と彼女は残念そうに言ってくれました。
「ここが無くなると不便になるわ。彼のマンションに近かったから。
でも、潮時だったのね。バイトも彼とも」
彼女はブツブツ言いながらも手だけはしっかりと動かし、丁寧に梱包してくれました。

「別れるの?」
「ええ」
「それはおめでとう。経験は力だよ」
「本当に?」
「ああ。たぶん」


約束の時間に、引越業者が来て、恐ろしく手際の良い動きで
瞬く間に荷物が部屋から運び出されました。
僕と彼女はそのプロフェッショナルな動きを眺めていました。
全ての作業を見届けると、引越業者と一緒に彼女も出て行きました。

部屋には観葉植物と僕だけになりました。
太陽が傾き、部屋に西日が射し込んでいました。
フローリングに出来た観葉植物の影を見ながら、いつかサキがこの部屋に居た日の事を
思いました。そして叶わなかった夢の事を思いました。
僕に足りなかったもの。それは今から検証しなくてはいけません。
失うものはまだ、いくつか残っているのですから。

長く伸びた影がやがてぼんやりしてきて、全てが影に飲み込まれると
部屋は薄暗闇に包まれ、電気が灯るのを欲しているようでした。
僕はここを出て行くタイミングを探していました。
いつまでもここに、あと数分でも留まりたいとも思いました。

僕はベランダに出て、まだ太陽の匂いのする西の空を眺めました。
さっきまで赤く染まっていた空が青暗く、なりかけていました。
山の稜線は黒くなだらかで、空と一体になるまでにはまだ、しばらく時間がかかりそうでした。
あと少し。せめて星が見えるまでと心に思うと、金星がすでに輝いていて
運に見放された気がして部屋に入ると、そこにはサキが居て
ちょっとびっくりしたような顔で僕のほうに、真っ直ぐな眼差しを向けていました。
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by haru_ki_0207 | 2006-07-31 23:53 | ショートストーリー  

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