願い橋

「古い恋人」に電話をかけたのは特に理由なんてない。
ただ、夜があまりにも静かで深く長かったからだ。
僕は、何年も前に教わった番号を探し始める。

静寂な夜の中に、機械的な音が規則的に並べられていく。
1、、、2、、、3、、。

そっと、耳を傾ける。
遠く離れた彼女の部屋で電話が鳴っていることが上手く理解出来ない。
海の底に沈んだ電話が音も発てずにじっと横たわっていると思うと、しっくり行く気がした。
永遠に見捨てられ、持ち主もなく何処にも繋がっていない電話。
だが、意外にも彼女は受話器を取る。
現実に戻され、懐かしい声が聞こえてくる。

「もしもし」
彼女の声だ。
僕の記憶の中に彼女の声がまだ生きて居た。彼女の顔が浮かぶ。
平和だった頃の彼女の笑顔はまだ幼い。

僕と彼女が現実に行動を共にしたのは、もう何年も前のことだ。
彼女は18歳で薬学部の学生だった。
彼女の若さは、20代を失おうとしていた僕には、とても眩しかった。
僕らはドアのこちら側とあちら側にいた。
始めようとしている人と、終わろうとしている人。上を向いてる人と下を向いてる人。
どんなたとえで表現しようと、僕らの溝は圧倒的だった。

彼女は大学を卒業するまでの四年間、僕と無料で寝てくれた。
その四年間が彼女にとってどんな意味を持つのか僕にはわからない。
ただ、僕はある時を境に彼女はキャリアを積むために僕を選んだのだと解釈した。
決して深い関係にはならず、束縛もせず、勿論結婚しようなどとは言い出さず、
いつでも好きな時に別れられる。僕はまさに、打ってつけだった。

「留学してキャリアを積んで、リッチになるわ。そして、当たり負けしない大きな車を買うの。」
彼女の口癖だった。

僕らの曖昧な関係は彼女の卒業で幕を閉じた。
彼女は地元の大学院に合格し、夢を現実に一歩近づけた。
マンションの電話が不通になったことを確認すると、僕は小さな喪失感を味わったが、ただそれだけだった。

しばらくして彼女は実家に取り付けた自分専用の番号を電話で教えてくれた。
だが僕は彼女に連絡することはなかった。今日の夜を向かえるまでは。

つづく、

、、たぶん。
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by haru_ki_0207 | 2005-04-11 01:15 | ショートストーリー  

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