楽しい時間

「何をしている時が一番楽しい?」と聞かれて僕は戸惑ってしまった。

彼女は今夜のデザート。美味しく頂くためにこうやって、高い寿司を御馳走している。
僕の使ったお金の数だけ自分の価値が高くなると彼女は思っている。
そしてそれは案外、的を得た基準なのかもしれない。

僕らはとろけるようなネタを口にしながら、最近見た映画なんかを報告しあった。
だけど、話題はあっと言う間に途切れてしまう。
世代の違う僕らに、滅多に逢わないただのセックスフレンドな僕らに、
もともとどんな共通の話題があると言うんだろう?

 僕らの間に一瞬どんよりとした空気が流れる。
何か適当な話題を探すけどなかなか見つからない。
そこへ彼女、何の脈略もなく、もしももたとえばもなく、突然僕に聞いたんだ。
「何をしている時が一番楽しい?」と。

僕はその予想もしない質問を真剣に考えてしまった。
最近仕事も疲れて来たし、昔みたいに生きがいを感じない。
ビデオを見てる時?挽き立てのコーヒーを飲みながら。
ちょっと前だったらそう答えていたかもしれない。
サラウンドスピーカーを買ってしばらくは映画漬けだった。
でも結局時間の取れる深夜は音を大きくできず、無用の長物と化している。
最近天気もずっと悪く、夕陽を撮りに行く回数もめっきり減ってしまった。
楽しい事、何だろう?楽しい事。楽しいと感じる時間。

「ブログを見てる時かな」
不意に口をついて出た。
「ブログ、知らない?...今、流行ってるよ。たぶん、今からもっと流行るんじゃないかな。
簡単だし、専門知識いらないし、日本語が分かれば誰でも出来る。」
僕は彼女に知ってる範囲の簡単な説明をした。
「ハルキさん、日記書いてるんだ。知らない人と話したりするの?お金になるの?」
彼女はちょっと的外れな、どうでも良いことを延々と質問して来た。
時間だけが過ぎて行った。
僕は彼女に対する性的意欲がだんだんと低下していった。
今夜は一人で寝ようと思い始めた。

お店を出ると、ひどい雨が降っていた。僕はホテルに向かわずタクシーを拾った。
運転手に彼女の住所を告げても彼女はしつこくブログの話をしてきた。
どうやら僕のアドレスが知りたいみたいだ。
「僕の壁の内側」。

絶対に嫌だと言うと
「ハルキさんが絶対なんて言うの珍しいね。」と言ってタクシーを降りて行った。
彼女はマンションのエントランスに小走りで向かった。
雨が照明に照らされてキラキラと光った。彼女は一度だけ振り向いて小さく手を振った。

僕はやっと一人になって、さっきの質問を考えた。
「一番楽しい時間」
今の僕に楽しい時間なんて存在しない。生きてるだけで苦痛なんだ。
それはそれでしょうがない。そういう時期なんだ。若さを失いつつある。
責任だけが大きくなって夢を見失いつつある。一度立ち止まれば良いことはわかっている。
だけど止まると倒れてしまうこともわかっている。

ふと、彼女の質問の意図がわかった。いや少なくともぼくは彼女にああいう答えをするべきではなかった。
「おまえと居る時が一番楽しい」そう答えるべきだったんだ。
小さな後悔がだんだんと大きくなって行った。

夜中の二時。彼女は起きて居るだろうか?
愛が必要なんだ。今の僕にも彼女にも。
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by haru_ki_0207 | 2005-03-20 01:33 | ショートストーリー  

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