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マネキン

マネキンの頭をバックに入れて通勤する男と、連れのサッカーボールを無くして減点された生徒。


見るからに態度がでかそうな男が電車に乗り込んで来ると、とっても嫌な気分になるんだけど、
今朝はまさにそんな気分だった。
いつもとちょっと違ったのは、比較的若い男だと言うことと、バックにマネキンの頭を入れていたことだ。
黒い大きめのバックからは、それでも大きすぎてチャックが閉まらず
鼻筋の通った唇の薄いマネキンが顔を(とは言っても頭部しかないんだけど)覗かせていた。

あんたは美容師? 
妥当な発想だ。しかし、とてもそうは見えない。頭はスキンヘッドだし、太ってる。
どこの世界に頭を丸めた美容師がいるだろうか。客は美容師の頭を見て、その人のセンスを判断するんだ。(たぶん)
体格は、まあこれは関係無いか。現に今の僕の髪をカットしてくれてるのは、太ったオバサンだし。


次の駅で、また似たようなのが乗り込んで来た。偶然だろうけど二人は知り合いで、サッカー部の先輩後輩の間柄だった。
一通りの儀式みたいな挨拶が終わると、彼らにしかわからない言語で、身内の話に移行した。

「いやあ、やらかしちゃいました。減点されちゃったんですよ。」
後輩がとても深刻そうな顔で言った。
「練習が終わって、ボールがひとつ無いことに気が付いて」と後輩は続けた。

『なんだ、ボールか。減点というから、もっと何か別の、たとえばレギュラー争いのポイントだとか、
バイクの免許の点数だとか、もっと差し迫ったものを想像したのに。ちぇ。』


だけど、先輩の反応は違った。
「そっか、ボールか。」そしてため息をついた。
それは、俺にこれ以上相談されても、何もしてあげる事は出来ないんだ的ため息だった。それから後輩に
「そんなだいそれた事をしたんだから、責任は免れないよ」と言いたげな目をした。
ふたりは急に無口になり、各々別の駅で降りた。


ぽっかりと訳のわからない疑問だけがあとに残った。ボールを無くして減点されたら、
その後どうなるんだろう?どういうペナルティーが課せられるんだろう?
普通にサッカーボールって無くなる物なのだろうか?

それは誰も気に留めないような、どうでもいい事なんだろうけど、それでも更年期に出来たシミみたいに、
ベッタリと僕に張り付いた。

彼らのサッカーチームの事を思った。そしてワールドカップの事を思った。距離は果てしなかった。
広い草原を思った。スタートはみんな同じなんだ。みんな大地から生まれる。悲しい現実が突き付けられた。

生き方。それも才能なんだろうか。今の僕にはわからなかった。ただわかっているのは
『このままじゃいけないことだけ。』

by haru_ki_0207 | 2005-01-18 00:02 | ショートストーリー  

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