私の職業(その15)

 神坂さんはリビングの明かりも点けずにソファーに腰を降ろし、部屋の中の何処でもない一点を見つめていた。私に気が付くと
「おかえり」と言っていつもの笑顔を向けた。私はどう返事して良いかわからずにまごついた。神坂さんは真っすぐに私を見上げて
「これ」と言って封筒を差し出した。私が手に取ると
「昨日、借りてたやつ」と言ってさらに笑顔を向けた。
「昨日のあれは、何だったの?」と思ったが声には出さなかった。

 神坂さんがいなくなると、部屋の中はいつもにも増して静かになった。私は立ったまま封筒をペーパーナフで開け中身を取り出した。中には昨日の三万円と手紙が入っていた。いつもカルテで見るちょっと角張った丁寧な文字。私はさっきまで神坂さんが座っていたソファーに座った。神坂さんの温もりが伝わってきた。不快には感じなかった。

「ああいう形でしか想いを伝えることが出来なくてわるかった」とだけ書かれていた。
私は三度読み返し、テーブルに置いてあった灰皿の上で火を点けた。あっと言う間に、あっけなく灰になった。この燃えカスを神坂さんも見たら良いのにと思った。不意に妙なおかしさが込み上げてきて、一人で声に出して笑ってみたけど、誰も応えてはくれなかった。
「ひとり」と心の中でつぶやいた。
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by haru_ki_0207 | 2004-09-10 00:13 | ショートストーリー  

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