人気ブログランキング | 話題のタグを見る

SNS(その9)真実

◆9 真実
柏田は一人だった。私がコーヒーを勧めると、それを両手で抱え込むようにして、ズルズルと音をたててすすった。金を持っていても、育ちが良くないのだ。その点、アユミには品があった。小さな頃から良い環境で育つと、いつのまにか品が作られる。継承するものなのだろう。私には継承するべきものが何もないけど。

「良かったよ」と柏田は言った。
「何が?」と私は聞いた。
「旅行。天気。全て」と柏田は言った。
「アユミの若さ、身体」と私は付け加えた。
柏田は笑った。堪えても、あとから湧き出てくる。そんな笑い方だった。
「良かったよ」ともう一度言った。
「そう?」
「ああ、君の提案に乗って、本当に良かった。これは約束の金だ」
柏田は、抱えてきた紙袋から、札束を出した。
「空港から直接来たんだ。そういう約束だったからな。土産は、後日、アユミと持ってくるよ」そう言うと柏田はテーブルの上にその四角い現金を積み上げた。百万円の束が五段で二列。一千万円。テレビでなら見たことがある。よく見慣れた風景。でも、実際に目にするのは初めてだった。

「私のレクチャーは役に立ったでしょ」と私は言った。
「ああ、最初から最後まで」と柏田は言った。
最初というのはセックスの事で、最後というのはプロポーズの言葉だ。
「あなたという人物を把握するのに、最初はああする方が、手っ取り早かった。よく、解ったわ。あなたのこれまでの色んな事が。計画も立てやすかった」
「その後の段取りも、申し分なかったよ。今まで俺は、いかに仕事人間だったのか、痛感した。苦手な事を避けてきたのだろう。ある部分で俺は無能な人間なんだ。君が居なかったら、手も足も出なかった。何処から始めたらいいのか、さっぱり見当も付かなかった。一緒に旅行に行くというのは良いアイデアだった」
「私の喘ぎ声を聞いて、勃起したでしょ」
「ああ。シナリオ通りだったな」
「あれが始まりの合図。アユミは私たちがキスしたり、抱きあったりするのをみて、理性を失った。だから、あとは、簡単だったはずよ。誰がやっても上手くいく。あなたを受け入れる準備も事前にしておいた。年上の男性がどれほど経験豊かで濃厚で安心か、さり気なく確実に、事あるごとにアユミの深層心理に刷り込んだ」
「立派な商品パッケージだな。何処にでも飾って置ける。じゃあ、やっぱりあれは作り話しなのか。例の父親から強姦された話し」
「本当よ。全部本当の話し。酔った勢いというのは嘘だけど。あの男はしらふで私を抱いたわ」
柏田は私を見上げて、それから下を向いて、首を横に振った。
「とにかく、客としてこれを置いて帰る。受け取ってくれ」と言って、テーブルに積んだ札束を私の前に押しやった。
これまでの私の人生の中で実際に目にした事もない高額な現金。私の殺風景な部屋には場違いなものだった。でももはや、織り込み済みの金。たいして興味も感慨もなかった。

「じゃあ、もうひとつ、これからのビジネスパートナーとして、頼んでおいたリストを頂戴」と私は言った。
柏田は、ビジネスバックから封筒を取り出して私に差し出した。私はその一枚の紙を眺め「いくらでもいるのね。金持ちって」と言った。
「ああ、いくらでもいる。だけど、たいていは土地を持っていたり、遺産を受け継いだりしている連中だ。俺くらいだよ、裸一貫で稼いだのは」と柏田は言った。
「そこだけは尊敬するわ。だから、あなたを選んだのよ」
「鮎川ではなく、俺だったんだな」
「勘違いしないで。鮎川さんは不向きなだけよ。たった一回私と寝ただけで、あなたは鮎川さんを越えられないわ。足元にも及ばない。あなたと寝たのは、レクチャーのためだけの行為。アユミをあなたに夢中にさせるために、あなたには訓練が必要だった。あなたのスキルと経験の無さは、やる前からわかっていた。私の男はあくまで、鮎川さんよ。何を外しても必要なの。あたなの代わりはいくらでもいるわ。だから、鮎川さんを馬鹿にするような言い方を私は許さない」
「そう、つっかかるな。君には感謝している。金には代えられないくらい、貴重なものだ。この金でも安いと正直思っている。この年で諦めていたものが、手に入ったんだからな。それに良いビジネスモデルだとも思うよ。高収入中年男性と若くて綺麗な女子とのマッチング。俺と君が組んだら、大きな収入になる。俺は今まで以上の生活が出来て、君は鮎川と十分な暮らしが出来る。適齢期をとうに超えた不幸な中年童貞を救える。良い生活を夢見るけど、出口の見えない若い女性も救える。誰もが幸せになれる。誰も不利益をこうむらない。少子化に歯止めがきく。ブライダル産業にも貢献出来る」

「結婚式場からのマージンは折半で良いわ。紹介してもらった男からは、私が七割もらうけど、それで構わないわね?教育費込みで。身体を張ってるんだから、それでも少ないくらいよ。あなたは、知人を私に紹介するだけ。楽なものだわ。私がリスクと労力を負うの。問題は無いわよね?それと、マサト君への手切れ金、私が身体で立て替えてるの。今度、持ってきて頂戴。百万円。アユミと土産を持ってきた時に忍ばせておいて」
柏田は、私の提案が上手く理解できない様子だった。しばらく私を生気の無いよどんだ目で見ていた。ようやく理解できると今度は私を、汚い物でも見るみたいに無遠慮な視線で下から上まで舐め上げ、それが終わると「ああ。異存はないよ」と言って、再び下を向いた。柏田は私の足を見ていた。長い間、海を漂流して、ようやく海岸にたどり着いた流木でも眺めるみたいにじっと。そして自分を無理やり納得させるかのように何度も頷くと、ゆっくりと顔を上げて、私を真っ直ぐ見た。そして口を開いた。

「ひとつ、聞いても良いか?」まるでこれが最後の別れとでも言うかのような台詞。
「何かしら?」と私。答えるつもりはないのだけれど。
「このアイデアを思いついたのは、いつなんだ?こんな手のこんだ事をどうやって考えた?」
「それは、どういった好奇心からかしら。ビジネス?それともプライベート?」
「ビジネスだ」と柏田は言った。この男の頭の中は仕事の事しかないらしい。結婚を金で買う男だ。次の仕事にでも役立てようというのだろう。見上げた精神だ。こうでないと、金は貯まらないのだろう。だけど悲しい男。愛さえも、買う男。そして買えてしまう現実。本当に悲しいのはその現実かもしれない。

「あなたに見せたでしょ。私とアユミが交わしたメールの全てを。最初の出会いから最後の一行まで。あなたに、アユミがどんな女であるかを知ってもらうために。『もう、私たち、無理かも……』というメールが送られてきたときよ。私はその夜、鮎川さんに抱かれながら思いついたの。何かが降りてきて、私にとりつくみたいに、ひらめいたのよ。アユミを利用することを。ひどい女。そう思ってもらって、構わないわ。ただ一人の大切な友達を騙すようなことをして。でもね、私は誰も不幸にはしていないわ。みんなを幸せにしてる。マサト君はアユミと別れて自由になりたがっていたし、アユミは結婚をして安定を欲しがっていた。あなたは若くて無垢で、結婚できる女なら誰だってよかった。なのに誰も何もしなかった。動かず、指をくわえてじっと見ているだけで、人生を傍観していた。そんな自由さえ奪われた者が居るのに。だから私が動いたの。代わりに必死になって。動きながら考え、考えてはまた動いた。動かない事には、状況が変わらない事だけは、わかっていたから。上手く行ったわ。上手く行ったでしょ?笑っちゃうくらい。あなたはノコノコと金を持ってくるし、アユミは幸せなメールを何通もくれた。マサトくんは心配性のアユミから解放されて、何人もの女とつきあってる。傷ついたのは、私一人よ。私一人が動き回って、傷ついた。これでも傷ついてるの。理解出来ないでしょうけど。これでもぎりぎりでやってるの。限界に近いの。それにね、あなたは誰も不利益をこうむらないと言うけど、私は大切なものを失ったの。あなたにこの気持ちがわかる?」

私が本当に心から欲しかったもの。途中で気が付いた。あの温泉の夜。いや、最初から分かっていたのかもしれない。ただ、気が付かないふりをしていただけだ。そんなはずはないと。でもダメだった。目を背ければ背けるほど、それは目の前を覆った。私の心にガンガンと打ち付けた。隠せば隠すほど、くっきりと姿を現し、止める事が出来なかった。そして後戻りも出来なくなっていた。
出来る事なら、今、全部壊してしまいたかった。全部壊して、私は取りたかった。私の本当に欲するものを、初めて心から欲しいと思ったものを、鷲掴みにして、我が物にしたい。でも、出来なかった。何故?それほどまでに律儀に義理を通さなくてはいけないものがあった?私は何を選び、何を捨てたのか。結局はこの連中と同じだ。いつの間にか傍観していた。流れに身を任せてしまった。
私が本当に欲しかったもの。それを、柏田。あんたは金で手に入れた。全てを叩き付けたかった。全部、振り出しに戻したかった。私は、積みあがった札束を全部、床に叩き付けたかった。叩き付けて、返してほしかった。私の大事なものを。
アユミ。アユミが欲しい。アユミを返せ。綺麗なアユミ。綺麗なだけじゃない。繊細で傷つきやすく、壊れてしまいそうなくらいもろいアユミ。私が包んであげたかった。私から溢れるもの全てで覆い尽くしてしまいたかった。アユミの全てを征服したかった。二人でドロドロになりたかった。アユミの心の糧になりたかった。愛し合いたかった。アユミ。私はあなたを裏切った。こんな金の為に。こんなものが欲しかった訳じゃない。見たこともないような現金だけど、アユミと取って変わるものではない。どうしてこんなことをしたんだろう。間が差した訳ではない。流れに身を任せた訳でもない。ただ、こうなってしまった。逆らえなかった。気が付くのが遅かった?全ては承知していたはずだ。心のどこかで、仕方ないと思っていたはずだ。止めようと思えば止められていた。でも、止めなかった。私の中にある汚れた心がそうさせた。どうしようもなく汚れてしまった心。淫らで逆らえない弱い心。ずっと私を支配し、服従させていたもの。わかっている。わかっているんだ。ずっと隠し通せるものではないことも。あの男の段取りが上手く行かなくて客が取れず、あの男が私を抱くとき、私は、深くイッた。あの男のやり方は武骨で乱暴で、優しさのかけらもなかったのだけれど、あの男に触れられると、身の毛もよだつのだけれど、あの男の指が膣の中に挿入された瞬間、私はどうしようもなく淫らになり、直ぐにいってしまう。それがなぜだかはわからない。最初にオナニーをしているのを見られてしまったからかもしれないし、ただ単に私の身体が変態だからなのかもしれない。だけど、あの男の指を私は欲した。心では嫌だと言っているのに、身体がそれを求めた。
深呼吸をした。僅かな新札のにおい。私はその上に手を置いた。暖かかった。ぬくもりがあるんだ。気持ちの無いものでも、暖かいんだと思った。込みあがってきていたものが次第に収まった。そしてゆっくりと降りて行った。

私は大切なものを失ってしまった。永遠に。あとには何が残ったのだろう?私が得たもの。私が手に入れたもの。あの四十をとうに超えて、理不尽な理由でぼろ雑巾のように捨てられた種無し男。世間の荒波に耐えられず、傍観する側に回った男。鮎川さんだけだ。鮎川さんのぬくもり。鮎川さんの心。年よりも若く見えるし、何よりも私を感じさせてくれる。私を快楽へ導いてくれる。優しく、そしてきっちりと。そして助けてくれた。あの地獄のような毎日から。ただ己の欲望を満たすだけの稚拙で乱暴で自己中心的な性行為から。汚れのこびりついた私の人生の中で唯一、淀みない純粋なものを与えてくれた。鮎川さん。麻薬のようにとりつき、澱のようにこびりついたものを、丁寧にはがせてくれた鮎川さん。鮎川さんが必要なのだ。あの男から本当の意味で逃れるために。あの男が私を触れる手から逃れる為に。私のドロドロとした本能を永遠に封じ込める為に。
柏田を見た。うなだれて、さっきから動こうとしない。私はこの男とも寝た。これから、私は何人の男と寝るのだろう。何人の男と、気持ちの無いセックスをするのだろう。鮎川さんが全てを知った時、それでも私を求めてくれるだろうか。本当の私を知った時、あの人は私を全部受け入れてくれるのだろうか。きっとあの人は求めてくれるだろう。私の想像の枠を超えて、私がちっぽけな存在になるくらい大きな愛で私を包んでくれるだろう。それが私にはわかる。それが鮎川さんなんだ。それが、私達が出会った理由なんだ。会いたかった。無性に会いたくなった。今すぐ包まれたかった。今、会いたい。あって許されたい。全てのものから。そして求められたかった。契約を破棄し、私をここから連れ出してほしい。どこか遠いところへ。

# by haru_ki_0207 | 2011-03-20 15:29 | SNS  

SNS(その8)来客

◆8 来客
私は相変わらずだった。週に一度、鮎川さんのマンションに行った。それ以外は身を潜めて暮らした。あの男に見つからないように。あいつの事だから、今頃私の事を血眼になって探しているだろう。前の会社にも行っているはずだ。このマンションの住所は誰も知らない。鮎川さんから直接借りてるんだ。実家からも遠い。わかるはずがない。
あの男にずっと脅されていた。私たちの関係を母に話すと。私は抵抗できず、給料のほとんどをあの男に手渡していた。奴隷だった。金銭的に、肉体的に。あの男は私を見逃すだろうか。いや、絶対に諦めない。必ず探し出すはずだ。あの男にとって私は最高のオモチャなのだから。そう、ずっと私はあの男に弄ばれていた。出会った日から。

雨の降る日だった。母があの男を連れてきたのは。私はまだ高校生だった。好きな男の子がいた。隣のクラスだった。ちょっとナイーブな子。いつも本ばかり読んでいる。決して女の子にはもてないタイプ。でも私は好きだった。図書館で私達はたまに会話を交わした。お互いに読んでる本の話し。私は彼の細くて白い手にときめいた。たまに手紙も交換した。彼の書く文章が好きだった。角ばった文字も。私に好意を持ってくれていた。それが文章から手に取るようにわかった。でも、直接的な言葉で伝えようとはしなかった。その痛々しさが好きだった。
友達に彼の事が好きになりそうだと話すと、ちょっと変わってるねと言われた。でも、良いんじゃないとも。ライバルが居なくて。あの頃は友達も多かった。誰とでも打ち解ける事が出来た。あの日までは。
雨の降る夜、あの男はやってきた。母に連れられて。挨拶もせずに男は母の部屋に入ってセックスを始めた。私が居ることなど構いもせずに。母のあんな声を初めて聞いた。母が私の前で初めて見せる、女の姿だった。その日初めて、私はオナニーを覚えた。二人の行為がどんなものだったのか、その時は上手く想像出来なかった。ただ隣の部屋から聞こえてくる声で、私の手は下半身に伸びた。誰からも教わらずに本能でクリトリスに触れた。下半身が「触って」と言ってる気がしたんだ。クリトリスはすでに固くなっていた。先端を指で触れると、一瞬、身体の中心を何かが貫いた。思考が上手く働かず、でもある部分はとてもくっきりとしていた。股の間から今までには体験したことのないものが溢れてきた。私はクリトリスに触れながら、もう片方の指を溢れるものの中に入れた。指に膣のひだが絡みついた。膣のひだは指を欲していた。もっと奥へ奥へと要求した。私は欲望に引き込まれるまま、指を奥まで挿入した。ずるずると。指の第二関節まで達した時、指の腹にゴツゴツとしたものが触れた。何かいけないものだと感じた。これ以上触れてはいけない。でも刺激せずにはいられなかった。麻痺した脳みそとは別のものが明確に私をそこに向かわせた。つめを立て、その襞をひとかきした。カリカリとした凹凸があった。そしてその凹凸を爪でひっかくたびに私の中からさらに液が溢れた。それはおっしこみたいに、あとからあとからこぼれ落ちた。私は母のよがり声を聞きながら、襖ひとつで隔てられた自分の部屋の布団の中でその行為のふけった。クリトリスはずっと固いままだった。手はべちょべちょになった。何か得体のしれないものが私を包んだ。それはかつて一度も味わった事のないものだった。これ以上先にいってはいけない。興奮の中で冷静な自分が居た。そして同時にどうしようもなく淫らな自分も居た。もっと先に行きたい。行けば何かがありそうだった。もっと気持ちいいもの。果てしない快楽。でも、怖い。葛藤が狭い空間にひしめいた。指だけが理性と無関係に動き続けた。突然母の声が止むと、肩をたたかれたみたいに私の手も止まった。やっと止める事が出来た。ホッとして、大きく何度も深呼吸した。そしてその夜は泥のように眠った。

朝起きると、母は既に仕事に出かけていた。夏休みだった私は、遅い朝食を一人で取った。後ろから物音がして振り返ると、昨日の男が居た。男はテーブルを挟んで私の前に座った。上半身は裸で、下はトランクスしか履いていなかった。その男はにやにやしながら私を舐めるように眺め、やがて、「母親には似てないな」と言った。
私は下を向いていた顔を上げずに、目だけを向け男を見た。がっちりとした男の上半身は、つややかで、筋肉に溢れていた。腕は太く、日に焼けて黒光りしていた。その太い腕が私に近づき、大きな手が私の顎をつかんだ。
「絹代よりも可愛いな」男は私の顎を左右に振り、太い声で言った。
「やめて下さい」と私が言うと、その大きな手が私の頬を打ち、私の身体は椅子ごと床に叩き付けられた。私が起き上がろうとすると男は私の身体の上に馬乗りになり、両方の手首を上から押さえた。その力は私の力をはるかに超えていて、どんなに力を込めてもピクリとも動かなかった。
「おまえ、昨日、一人でやってただろう。俺たちがやってるのを聞いて、オナニーしてただろ」力が出なくなった。恥ずかしさで、顔を覆う事も出来ずに、私は首だけを振った。涙が溢れてきた。そしてそれを拭う事も出来ず、声も出なかった。ただ私は首を振り続けた。男は私の髪をつかみ、頭を床に押し付けた。男の大きな手が私の着ているものを脱がせ始めた。私は手で顔を覆うだけだった。男の手が私の色んな場所をまさぐった。それは荒々しく性急で、感情のかけらもなく、ただの排泄行為だった。全てが終わると、男は私の上で仁王立ちになり、記念写真だと言ってパシャパシャと携帯で写真を撮りはじめた。その時、私は失くしたんだと思う。処女だけじゃない。普通の女子高校生が普通に持っている淡いもの全てを。

 男は母親の前では、とても良い父親を演じていた。たいしたものだった。露ほども尻尾を見せなかった。私の事をのりちゃんと呼んで、優しくした。母親はこの男を心底愛していたと思う。父が亡くなって以来、女手一つで私を育ててくれた。いつも働いていた。そして借金を背負って苦労していた。母のこんな屈託のない笑顔を見るのは久しぶりだった。いや、初めてだったのかもしれない。やっと掴んだ幸せ。いつの間にか、父の遺影が消えていた。
 だけどこの男は、母が居なくなると豹変した。私を奴隷のように扱った。私の汚れた写真を床に並べ、色んな事を要求した。考えられるありとあらゆる奉仕をさせられた。私の身体は汚れて行った。どんなに洗っても取ることは出来ない。男は母からもらった金が尽きると、知らない男を連れてきて、私に寝るように強要した。隣の町のはずれにあるラブホテルに出向くのだ。顔がばれないという配慮は、長く続けて行く為だったのだろう。一日一人の時もあれば、三人の時もあった。たまに一度に二人と言うときもあった。私の高校三年の夏は、数々の男たちのセックスにまみれていった。
あの時、もっと大きな声を上げていたら、私はこれほどのものを失わずにすんだのかもしれない。淡い恋。たくさんの友達。セックスをした相手の一人が私だと気が付き(同級生のお兄さんだった)噂になった。好きだった男の子からは「さよなら」と短い手紙をもらった。仲の良かった友達は、私と目を合わせるのをやめた。そしてみんな私から離れて行った。
 高校を卒業して就職して、一人暮らしをしようとしたけど、あの男はそれを許さなかった。既に決まっていたアパートを無理やり解約させた。そして暇さえあれば、私をつけまわした。帰宅時間を見計らい、職場の前にいつもいた。休日の外出は許してはもらえなかった。母が居る時は常に三人一緒の美しい家族で、母が仕事の時は、知らない男と寝る事を強要された。そして客が見つからない時、男は私を抱いた。
そのせいで、彼氏はもちろん、新しい職場の友達さえ出来なかった。給料は全てむしり取られた。
ずっと声を上げるべきだと思っていた。誰かに何処かに訴えるべきだったと。でもあの時、私の中の何かが麻痺していたんだと思う。母への想いも確かにあった。でも他の何かが私に抵抗する力を失わせていた。それが何であったのか、今ではおぼろげに解っている。だから私は、是が非にでも抜け出す必要があったんだ。

玄関のチャイムが鳴った。TVモニターに男が立っていた。深い帽子をかぶってサングラスをしていた。密かに動き、人目を忍んできている。そんな風貌だった。私はモニターを見つめた。誰だかわからない。
「誰?」声が震えた。部屋が静かで私の心臓の音しか聞こえなかった。
「私だ」とその声は言った。機械的な音が混じって誰だかわからない。
エントランスの郵便受けに、名前は出していない。住民票も書き換えていない。ここがあの男にわかるはずはないのだ。全てに偽名を使っている。鮎川さんが裏切らない限り私は、安全なのだ。サングラスの奥からこちらを見ている。私を見透かしている。とうとう見つけたという目をしている。そんな気がする。男は黙っている。視線だけがカメラ越しに届く。
「誰?」ともう一度言ってみる。エントランスホールに私の声が響く。その音に男が反応する。男はモニターに顔を近づけ、小さな声で「柏田だ」と言った。

# by haru_ki_0207 | 2011-03-06 16:30 | SNS  

SNS(その7)結婚

◆7 結婚
朝、私は鮎川さんの腕の中で起きた。鮎川さんは小さな寝息をたてて、ぐっすりと眠っていた。私は鮎川さんを起こさないようにそっと布団を出た。裸だった。私は布団の中でくしゃくしゃになっていた浴衣を着て、朝風呂に出かけた。湯船に、アユミが居た。「おはよう」と言って隣に腰を下ろした。
アユミはちょっと恥ずかしそうな照れ笑いをしながら「おはよう」と言った。
「昨日は、酔っぱらっちゃった」と私は言った。
「みたいね。私も、あんまり覚えてはいないんだ」
「私も」
嘘だった。私もアユミも明確にそれを覚えている。アユミの喘ぎ声が耳の奥にこびりついている。
「どうだった?」と私は聞いた。
「うん」と言ってアユミはうつむいた。そして顔を上げ私の方を見て
「良かったよ。とても良かった。混ざり合った気がした」と言った。
「ドロドロに?」と私は聞いた。
「うん。サラサラではなくて、ドロドロに」
「アユミのエッチ」
「ミチルの変態」
私達は、湯船の中で身体を寄せ合った。
「良かったね」と私は言った。
「良かった」とアユミは言った。
 でも、私の中で本当に良かったのかどうか、よくわからなくなっていた。転がる石のように物事は進み、私の手には負えなくなってしまっている。そんな気がした。

アユミと柏田さんの結婚式が執り行われたのはそれから半年後の事だった。結婚式には流石、柏田さんだけあって、そうそうたる企業のお偉いさんがたくさん来ていた。アユミの家柄も申し分なかった。誰も歳の差なんて気にしなかった。二八歳と四五歳。いまどき、よくある話だ。そしてこれもやっぱり柏田さん。新婚旅行はヨーロッパ一周。二十日間。人生で最初で最後のイベントなのだ。奮発するだけ奮発する。そんな感じだった。私達はそのド派手な結婚式に二人で呼ばれて鮎川さんは慣れないスピーチまでしたが、終わってしまうと嵐が去ってしまったみたいに静かになって、二人、家路に着いた。鮎川さんはちょっと寂しそうだった。

# by haru_ki_0207 | 2011-03-03 14:59 | SNS  

SNS(その6)旅行

◆6 旅行
良く晴れた土曜日の朝、私達四人は柏田さんの車に乗って、温泉地へ向かった。最初、緊張していたアユミと柏田さんも、すぐに打ち解けた。
旅館へ着くと、私達はそれぞれの部屋に荷物を置いた。アユミと私が同じ部屋で、鮎川さんと柏田さんが同じ部屋だ。
二人で露天風呂に入るとアユミはとてもリラックスしているように見えた。
「ねえ、どう?柏田さん」私がそう聞くと
「感じの良い人ね。おしゃれだし。それにいかにもお金持ちって感じだね」
と言って赤くて長い舌を出した。
「そうね。車はメルセデス、時計はロレックス。嫌味はないけど、持ってるって感じだよね」と私は言った。おしゃれというのは私のお陰だけど。
時刻はまだ午後三時で太陽の光がアユミの白い肌に淡く射した。アユミの肌に影が出来て、なお一層、スタイルの良さを際立たせた。
「来てよかった」とアユミは言った。
「その後、マサト君はどう?」と聞いてみたけど
「別に、もうどうでもいいわ」とアユミは言った。
タフで立ち直りが早いのだ。

食事は、鮎川さん達の部屋で一緒にとった。別々の部屋と言っても、私たちの部屋とは襖一枚で繋がっていて、襖を開けると広い一つの部屋になった。
私は鮎川さんの隣に座った。必然的に柏田さんの隣がアユミになった。テーブルは奥行きがあって、料理が隙間もないほど並べられ、私達とアユミ達との間には、国境みたいな隔たりがあった。アユミの肌は、日本酒を飲むと淡く赤くなった。その事を私が冷やかすと、アユミはとても照れた。
「鮎川さんは、酔うとどうなるんですか?」とアユミが話題を鮎川さんに向けた。
「どうにもならないよ。ちょっと陽気になるだけかな。それにそれほど強くはないし」
「柏田さんは、お酒強そうですね」と今度は私が柏田さんに振った。
「そうだね。職業柄、強くもなるね。接待したりされたり」
「そういうの、カッコいい」とアユミが言った。
「かっこいい?」ちょっと照れて柏田さんが答えた。
「ええ。仕事の出来る男って感じで」
私は、一瞬、鮎川さんを見た。ちょっと寂しそうな顔をしていた。
「ミチルはどうなるの?」とアユミが言った。
「私?私はお酒、あまり飲まないわ。それにたくさん飲む人、それほど好きじゃないし」
「お酒に、嫌な思い出あり?」と柏田さんが聞いた。
「嫌な思い出というよりは、嫌な体験かな」
「え?どんな体験?聞きたい!聞きたい!」アユミの無邪気な声。目がとろんとして、もうすでに酔っている。
「楽しい話じゃないわ。私の父がお酒を飲むと、人が変わってしまうという話し。何処にでもある話しよ。私の母は再婚したの。私の本当の父が亡くなってしばらくたってから。私が高校生の時だったわ。その時母は四十歳でその男は一回りも年下。いつも酔うと気が大きくなって、乱暴するの。そんな話。最近まで一緒に暮らしていたわ。私の給料のほとんどをむしり取ってしまうの。最低の男だったわ。私のね、初体験の相手ってその男なの。母が居ないときに。抵抗出来なかったわ。母にも言えなかった。ごめんなさい。こんな話」
鮎川さんは、「もういいよ」と言って私の肩を抱いてくれた。いい匂いがした。何とも言えず安心出来るにおい。私は鮎川さんの胸に顔をうずめて泣いた。そんな事初めてだったけど、一度泣いてしまうと、止めどなく涙が流れてきた。鮎川さんは私の背中に手をまわして、ずっとさすってくれた。あたたかかった。ゆっくりと、こみ上げてきた。胸の奥に眠っていた塊。それが溶け出して、上がってきた感じ。欲しくなった。どうしようもなく、本当に欲しくなった。鮎川さんの唇。いつも触れているのに。
私はアユミの見ている前で、鮎川さんの首筋にキスをした。首筋は熱く私の唇もさらに熱くなった。私は鮎川さんの首や耳や顎や頬を熱くなった唇で吸った。音が部屋に響いた。そして鮎川さんの唇にキスをした。アユミが見ていると思ったら、また一つ、何かがはずれた。そしてさらに私は鮎川さんの唇を求めた。鮎川さんに舌を絡めると、ちょっぴり日本酒の味がした。その甘美な液体を私は舌で求め吸い続けた。切ない音が広くて静かな部屋に響いた。私は鮎川さんに向き直り、鮎川さんの頬を両手で覆い、唇を貪った。私は鮎川さんに馬乗りになった。そして、ねっとりとしたものを求めた。私の荒い呼吸がこだまして私の耳元に届いた。その音を聞くと、尚更に興奮した。見られてる。そう思うと下半身が熱くなった。私の股間に鮎川さんの太ももが当たった。私はその太ももに、熱くなったものを押し付けた。こすり付けた。欲望の赴くまま、私達は絡み合った。視線が痛かった。アユミが見てる。私達は、崩れ落ちるように横になった。そして何度も何度も絡み合って、敷かれた布団にたどり着くと、その中にもぐりこんだ。

「カチリ」という乾いた音がした。さっきまで明るかった部屋が薄暗くなった。私は布団の中から、アユミ達を見た。柏田さんの顔とアユミの顔が重なり合っていた。柏田さんの腕が、アユミの首に絡まっていた。アユミは身動きが取れず、かといって抵抗もせず、身を任せていた。鮎川さんの手が、私の浴衣を脱がせた。そして大きな手が私の胸をわしづかみにした。痛いほどの快感が身体に流れて、私は大きな声を出してしまった。柏田さんの手が、アユミの胸をまさぐっていた。でも、上手く届かない。アユミは自ら体を入れ替え、柏田さんの手を自分の胸に導いた。アユミの短い喘ぎ声が聞こえた。その声に私の興奮も増した。私達は音楽を奏でるみたいに、高めあった。それは柏田さんとアユミが隣の部屋に行って、襖が閉められても、続けられた。

# by haru_ki_0207 | 2011-03-03 14:55 | SNS  

SNS(その5)ドロドロ

◆5 ドロドロ
マサト君とのメールのやり取りも佳境に入ってきた。
「つきあってる女性がいるんだ」
「そうなんだ。私も」
「そっか。どんな人?」
「年上かな。随分。でも、良い人。マサト君は?」
「ああ。良い娘だよ。綺麗だし」
「綺麗なんだ。良いね。他には?良いところ」
「綺麗以外、だよね?他には、そうだな。何かあるかな」
「そんなに綺麗なんだ。他の良いところが霞むくらい」
「そうかな。いや、決してそんな訳じゃないんだ。他に、あの女の子に良いところがあったけなと思って」
「それって、ひどいよね」
「そうだね。確かにひどい。でも、思いつかないんだ」
「たとえば、髪は?髪型とか気に入ってる?」
「どんな髪型をしてたかなんて、思い出せないよ」
「いつも、デートでどんな事をしてるの?」
「マンションに行って、ご飯食べて、寝る」
「夫婦みたいじゃない」
「そう、長年連れそった夫婦みたいなんだ」
「相性が良いんだよ」
「いや、相性は関係ないと思う」
「そうかな。じゃあ、何が原因かな。そのセックスしない理由」
「明確なんだよ。理由は」
「それは、何?」
「それは言えないな」
「他に彼女が居るとか?」
「どうかな」
「良いじゃない。教えてよ。そういうやり方良くないよ。もったいぶるの」
「そうだね。でもこういう微妙な事、メールではなかなか伝えられないよ」
「微妙なんだ」
「そう、とても微妙。顔を見ながら話したい」
「顔を?会うって事?」
「そう、あって、少しずつ、正確に話したい」
「もっともな理由だね」
「とりあえず、何をするにしても理由が必要でしょ」
「その通り」

 次の日、私はいつもの場所で、アユミと待ち合わせをした。仕事帰りのアユミは少し疲れた顔をしていた。それが一日の仕事の疲れのせいなのか、マサト君のせいなのかはわからなかった。でも、私へのすがるような眼差しに、私は心の中で優越感をおぼえた。
「マサト君に会ってみようと思うの」私は言葉を選ぶようにゆっくりとに言った。
アユミは小さくうなずいた。
「もう、そんな関係になったの?」アユミは少し不安そうだった。
「会いたいって、私から誘ったの。そしたら、僕も会いたいって」私は嘘をついた。アユミは下を向いて、何か言葉を探しているようだった。でも、何も適当な言葉が出てこない。

「良いかしら?」と私は聞いた。アユミはもう一度、うなずいた。
「変な関係にはならないでね」とアユミは言った。
「ならないよ。もちろん、アユミに頼まれた事も、もちろん黙ってる。マサト君、ちゃんとつきあってる彼女が居るって言ってたよ」
アユミは顔を上げて、その日初めて笑顔を見せた。

「他に彼女が居るって言ってた?」
「それはまだ、わからないの。決定的じゃないの」
「でも、ミチルには会うんだね。男って、何を考えてるのかしら」
「会うの、辞めておいた方が良い?」
「大丈夫。決着、つけたいし」
私が介入することで、より複雑になったアユミとマサト君の関係。でも、全ては私が握っていた。私だけがアユミの細い首に手を置くことが出来た。あとは私次第なんだと思った。


一週間後、アユミと再び会う約束をした。スタバに着くと、まだアユミは来ていなかった。約束の時間の十分前。私は暇なんだ。そして時間通りにアユミは来た。アユミの顔は少しやつれてみえた。そして実際にやつれていた。でもそれが、とても色っぽかった。虚ろではかなげな顔。アユミは私を見つけると力なく笑い、私の前に座った。そして小さくため息をついて、私の手を握った。

「昨日、マサト君に会ってきたよ」と私は言った。
「知ってる」とアユミが答えた。小さな沈黙があって「そうなんだ」と私は答えた。
「マサト君から、連絡があった。おまえとは別れたいって」アユミの小さな声。
「うん」
「もう、終わりにしたいって」
「理由、言ってた?」
「好きな人が出来たって」
「うん」
「でも、それが誰だかは教えてくれなかった。ねえミチル、それはミチルじゃないよね?」控えめに、でも責めているようなアユミの声。
「違う。マサト君、他の誰かに相談したかったんだと思う。自分の気持ちを言葉にして、誰かに聞いてもらって、確認したかったんだと思う。だから、私に会ったんだよ。ただ、話を聞いてもらいたくて」
アユミの長い髪が頬にかかっていた。そして、目にいっぱいに溜まっていた涙が、頬を伝った。
「私たち、別れちゃったんだ」そういうと、また一筋、頬を伝った。
「私のせいかな」私まで泣きそうだった。
「違うよ。ミチルには感謝してる。なんだかね、そうなるんじゃないかって思ってたんだ。結論が早く欲しかった。だから感謝してるよ」
「そういう風に言ってもらえると、気が楽になる」
「うん」
「ありがとう」
「ミチルは悪くないよ。悪いのは……、誰だろう?私かな。マサト君を繋ぎ止められなかった、私の魅力の無さ」
「それは違うよ。アユミは十分魅力的だよ。ただ、マサト君にはアユミの魅力がちゃんと理解出来なかっただけだよ。だって」
「だって?」
「彼はまだ若いし、余裕がないのよ。見えてないの。自分の事で精一杯で。言ってしまえば子供なのよ。確かに見てくれは良いけど、中身が伴ってない感じがした。こんな事、アユミに言うのは酷かもしれないけど。アユミはさ、もっと年上の人と付き合った方が良いよ」
「ミチルの彼みたいな?」
「そう、鮎川さんみたいに、ちゃんと理解してくれる大人の男」
「そんな出会いないよ」
「アユミなら、歩いただけで声を掛けられるんじゃない?」
「もう、それほど若くはないわ。それに今はそんな肉食系の男子はいないわよ」
「誰か、紹介しようか?」
「今は、そんな気分じゃないな」
「新しい恋が辛い事を忘れるには一番だよ」
「そうだけど」
「アユミはさあ、マサト君とのセックスに満足してた?」
「してたと思う」
「ちゃんとマサト君の事、理解できてた?」
「理解って?」
「セックスってさ、綺麗なものじゃないと思うんだ。好きな人同士がする行為だけどさ」
「うん」
「ドロドロしていて、色んな液で溢れているのよ」
「そうだけど、そんなふうに考えたことない」
「もっと綺麗なものだと思ってる?」
「うん。普通に抱きあって、するものでしょ?」
「そうじゃないの。本当のセックスは、もっと色んなものが混ざり合うものなの」
「ただの挿入ではなくて?」
「そう。ただの挿入なんかじゃないし、二人でもっと向き合ってやるものなの。ペニスがヴァギナに入るだけじゃないの。愛液と精液が混ざりあって、アユミの中で混ざり合って、それは、愛だとか恋だとかは関係なくなって、ただただ、快楽だけがあって。色んな他のネバネバする液体同士がドロドロに混ざり合って、手や唇や舌を使って、お互い刺激し合って、たくさんそういうものを出し合って、混ぜあって、ぐちゃぐちゃにして、果てるだけ果てて。そしてその先に快楽以外の理解みたいなものが、芽生えたりの」
「なんだかすごい。聞いてるだけでぞくぞくする。ミチルはいつもそんなセックスをしてるの?」
「もちろん。相手を理解して、癒してあげるために必要な事だから」
「私、してないかもしれない。そんなセックス」
「ドロドロじゃなかった?」
「いつも、サラサラだった」
「サラサラかあ」
「そう、サラサラ」
アユミに笑顔が戻った。キラキラした瞳。頬杖をつきながら通りを見ている。夜の街は灯りに満ちていた。

「今度さ、私達、温泉旅行に行くんだ」と私は言った。
「鮎川さんと?」
「そう。鮎川さんと」
「うん」
「この前、行った温泉、静かで雰囲気も良くて、また行きたいねって言ってたんだ」
「うん」
「良かったらさ、四人で行ってみない?」
「鮎川さんとミチルと私と誰かで?」
「そう。鮎川さん、顔広いし。鮎川さんの友達を交えて」
「年上のドロドロと?」
「うん、たぶん、年上になると思うけど」
「いきなり?」
「わからないけど」
「こわいな」
「それは大丈夫だよ。私達も一緒だし、いきなり変な事にはならないだろうし」
「部屋は私とミチルが一緒だよね?」
「もちろん」
「でも鮎川さん、がっかりするよ」
「それは大丈夫。多い方が楽しいし」
「そうかな?そんな人?」
「そう。そんな人。鮎川さんに聞いとくから」
「うーん」
「行こうよ」
「考えとく」
「うん。考えといて。まだ時間はたっぷりあるし」
家に帰ってあそこを触ると、たっぷり濡れていた。その日の夜、一人でした。とても久しぶりに。

二週間後、アユミは私の提案に承諾した。毎日マサト君と顔を合わせるのは、辛いと言って、最後はアユミの方から頼まれた形だった。鮎川さんも私の提案にはとても乗り気だった。私を自分の友達に紹介する事が嬉しくてたまらない、そんな感じだった。
独身で戸籍の綺麗な鮎川さんの高校の時の同級生、柏田さんは、大手外食チェーンの取締役。私達はアユミを柏田さんに紹介する前に三人で会った。柏田さんは真剣だった。そしてアユミの写真を見せるとより一層、身を乗り出した。
「綺麗な人ですね」と柏田さんはため息をつきながら、写真を握りしめて言った。鮎川さんも写真を手に取ったけど、たいして興味がなさそうに「ミチルも綺麗だよ」と言ってくれた。
「あ、ごめんなさい」と柏田さんは私に向かっていった。
「良いんですよ。気にしなくても」と私は言った。
「そういう意味ではないんだけど」と申し訳なさそうだった。
そういう態度を取られる方が意識してしまいそうだったけど、現実問題として、アユミは私よりも遥かに綺麗だった。

「アユミは私と同じ二八歳だけど、幼い部分があるんです。だから」
「だから?」柏田さんは、再び身を乗り出して、私の次の言葉を待った。
「だから、安心させてあげてください。大人の魅力で」
「大人の魅力ねえ。仕事は自信あるんだけど、女性に関しては素人だからな」
なんとも頼りない柏田さんの返事に私は
「しっかりして下さい。レクチャーしましょうか?」と言ってからかった。
柏田さんは、いつも人に指図をしている。そんな印象だ。だから、鮎川さんよりも大人に見えた。言ってしまえば、四五歳そのものだった。それ以上でもなければ、それ以下でもない。
「まずは、その服装、どうにかした方が良いですよ」と私は指摘した。だけどそれはファッションとさえ、呼べなかった。
「明日、一緒に見に行きましょうか?」と私は提案した。
「心強いね」と柏田さんは言った。鮎川さんも苦笑いしていた。

# by haru_ki_0207 | 2011-02-28 00:12 | SNS