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SNS(その1)アユミ

「もう、私たち、無理かも……」
深夜、アユミから届いたメールに私は
「大丈夫。彼を信じようよ。まだ、わからないじゃない」と、打ち返した。とても心配はしたんだけど、でも、その時何かが私の中に宿った気がしたんだ。急に降りてきて居すわられた感覚?ざわざわとしていて、ずっと溜まってるみたいな。あの時なのかな。私が変化したのは。

◆1アユミ

アユミと知り合ったのは、三ヶ月前。
今流行のソーシャルネットワーキング・サービス。SNS。

私と同じ二十八歳で、同じ血液型で、同じ小説が好きで、同じドラマを見ていた。まさに奇跡みたいな出会い。でも、同じコミュに入っていた訳だから、運命とまでは言えないんだけどね。
私達はすぐに仲良くなった。音楽、旅行、映画、写真、ファッション。共通の話題はあふれていた。そして、お決まりと言えばそれまでだけど、今付き合っている彼の話題に進む。恋バナというやつ?

「彼は、同じ歳で同じ職場なの」とアユミ。
「つきあって、どのくらい?」と私。
「もう、二年になるかな?ミチルは?」
「私はまだ二ヶ月」
「まだ、これからって感じだね」
「うん。まだ、これから。アユミは結婚を意識してる?」
「うーん。私はしてるけど、彼はどうかな?まだ若いし」
「そうね。男の二十八歳は若いわよね。まだ結婚って歳じゃないかもね」
「ミチルは結婚意識しないの?」
「うーん。どうかな。それほどでもないかな。でも、彼の方がしてるかも。もう四十五歳だし」
「え!そうなんだ。四十五歳かあ。随分、年上だよね」
「うん。でも、良いものだよ。包容力あるし、経済力あるし、安心して甘えられえる」
「でも」
「でも?何?」
「怒らない?」
「怒らないよ」
「あっちの方はどうなの?」
「あっちって?」
「あれ」
「セックスの事?」
「うん」
「変わらないわよ。若い人と。むしろ、良いんじゃないかな?」
「良いって?」
「濃くて、まったりとしていて」
「そうなんだ」
「うん。今までで一番良いかも」
「本当?」
「うん」
「一番かあ」
「うん。いつも、イッちゃう。深く」
「いつもかあ。いいなあ。私、イッたことないんだ」

会話は突然終わる。それは、いつもの事。あまり気にしない。何らかの事情で、文字を打つことが出来なくなったのだろう。そして、会話は突然再開したりする。これもいつものことだけど。

私の名前、ミチル。本名は別にある。ネット上の架空の名前。誰だったか忘れたけれど、いつからか、誰かがそう呼び始めた。割と気に入っている。ミチル。
ときどき、潮が満ちるみたいに、たわわに溢れ出して、こぼれ出して、満たしてあげたい気持ちで一杯になる。全部包んであげて、何もかもを覆い尽くして、一気に、ギュッと奥まで隙間なく、満たしつくしてあげたい。欲望と名のつくものを、全て満足させてあげて、奥の奥まで、もう良いと言っても心も体も全部、くたくたになってもまだ飽き足らず、もう私なしでは居られなくなるくらい、どろどろになって、混ざり合って……。妄想。私だけの時間。

突然、メールの着信音が鳴る。
「マサトが、来ない」
マサトというのは、アユミの彼の名前。
「今日来るって言ってたの?」
「うん」
「電話にも出ないんだ?」
「うん」
アユミは、私と同じで一人暮らしだ。両親は健在。それが私と違うところ。私の父親は、私が五歳の時に亡くなった。母は今も生きている。息苦しいほど元気だ。これが逆だったらどんなに良かっただろうと、何度も思う。父が生きていて、母が死んでいたら、私は、私の人生は、今とは随分違ったものになっていただろう。

「何時に来るって?」
「十時には来るって」
私は、携帯の時計を見る。十二時。約束の時間を二時間過ぎている。
「仕事で遅くなってるんじゃない?」
「違うと思う。今日は接待もないし、私よりも早く、会社を出たし」
「何処かに行くって、言ってなかったの?」
「一度、家に帰って、それから泊りに来るって」
「だったら、家に居るんじゃないかな?」
「あ、来た。またね」

会話はそこで終わった。アユミは二十八歳の割に子供だ。基本、自分の事しか話さない。たまに質問されても、それは自分の話しの伏線だったりする。
SNSのトップ画面には、自分の画像を公開している。容姿は綺麗で、胸が大きく、男が放っておかないタイプ。きっと、学生の頃は、モテていたんだろう。何人かの男が彼女の事を密かに想っていたかもしれない。あるいは、そのうちの何人かが、告白したかもしれない。男には不自由はしたことがない。常に誰かが周りにいる。最近、親元を離れて、一人暮らしを始めた。それまではずっと、親に守られてきたのだ。私とは正反対だ。
彼とのツーショットの写真は私の個人アドレスにメールで添付されて送られてきた。ネット上で出会って間もない、見ず知らずの私に。そこが一番の、子供である所以なのだろうけど、でも、私みたいに、まずは疑ってかかるという性分と、どちらが幸せなのかは、わからない。

今頃アユミは、彼との甘い夜を過ごしているのだろう。何かが彼のスケジュールを狂わせ、でも、アユミに会いに来た。一件落着なのだ。
私はパソコンの画面の中のアユミを見た。長い髪、色白の肌。大きな目。長いまつ毛。ふっくらとした唇。大きな胸に不釣り合いな細くて長い手足。そして身体。
それは私にサバンナに一人たたずむ、小動物を思わせる。無防備で危うく、そのくせ挑発的だ。彼とのツーショットの画像を開いてみる。彼の手が、アユミの手に絡まっている。ごつごつとした手は、アユミの細くて白くて長い指を征服している。それなのにアユミの全てを許したような笑顔。彼の事が絶望的に好きなのだ。左手の薬指には銀色に光る指輪。でも、これはアユミ自身が買ったものだ。いつか、彼に買ってもらいたいんだと言っていた。そして、それはこのまま順調に行けば、現実のものになるだろう。
再び、アユミの顔に目を戻す。画像を少し拡大してみる。黒い瞳に何かが映っている。アユミは何を見ているのだろう。安心しきった潤んだ瞳の先にはこの画像を撮るマサト君が居るのかもしれない。きっと居るんだろう。さらに顔を拡大してみる。目じりに小さなしわを見つけた。少しずつ忍び寄る、老い。成長のピークを過ぎた今、それは確実に私たちに忍び寄る。二八歳。決して若くはない年齢だ。この気持ちは十代の頃には微塵もなかった。そして私の中にもアユミの中にも確実にあるのだ。

「おはよう。昨日はごめんね」アユミからのいつものメール。
「仲直り、ちゃんと出来た?」
「うーん。微妙。何だか、彼、いつもと違う気がした」
「気のせいだよ」と、私。
「そうかな。いつもに増して、疲れてた気がする」
「仕事が忙しいんじゃない?」
「そんなことない。だって、今は、暇なはずだし」
「男は、色々あるんだよ。きっと」
「そうかな。ホント、元気なかったんだ」
そっか。しなかったんだと思った。私は昨夜、最後のメールの後からずっと悶々としていた。てっきりアユミは彼に抱かれていたのかと思った。アユミは裸にされて、マサト君はアユミの身体を丹念に探っているのかと。でも、そうではなかった。
「しなかったんだ」と私。
「してないよ」とアユミ。
「朝から、ちょっとエロいね」
「ははは。ミチルのエッチ。じゃあ、行くね!」

まるで私たちは、恋人同士だ。いつも、一緒に居る感覚。手を伸ばせば、いつでもアユミを感じる事が出来る。アユミの生活が手に取るようにわかる。SNS上に書かれてあるアユミのプロフィールをもう一度見てみる。好きな音楽、感動した映画。最近行った温泉宿の風景。
アユミは必要以上に自分の情報を公開している。誰に向かって発しているのか、誰に見て欲しいのか、本当は何が欲しいのか、わからないけれど。

by haru_ki_0207 | 2011-02-27 22:28 | SNS  

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